フットサル豆知識
【第6回】 世界選手権とブラジル代表 (パートⅡ)
FIFUSA(Federação
Internacional de Futebol de Salão=国際サロンフットボール連盟)は1985年、スペインのFEFSとの協力の下、第2回世界選手権をスペインで開催した。このときの出場国は12カ国。多くの観客が会場に駆けつけ、大会は大成功を収めた。決勝のブラジル対スペイン戦はマドリードで行われ、TVE局が試合のもようを放映した。
ちなみに、第2回大会でも優勝したのはブラジル。カナリア軍団は地元スペインを3対1で撃破したのだ。当時のメンバーはベト、バラータ、パンサ、バウミール、マウロ、ハウル、パウロ・ヌネス、パウロ・エドゥアルド、ムフーガ、ジャクソン、カルロス・アルベルト、ダグラスといった顔ぶれ。監督は前大会でも指揮を執ったジュリオ・セザール・ビエイラだった。
同大会では主催者側から許可を受けたスペイン製のボールが使われるはずだったが、このボールが弾みすぎたためブラジルはペナルティーのボールを60個ほど主催者に提供、ペナルティーのブランド名を白いインクで消して大会中に使用したという逸話がある。
ちなみに、第2回大会でも優勝したのはブラジル。カナリア軍団は地元スペインを3対1で撃破したのだ。当時のメンバーはベト、バラータ、パンサ、バウミール、マウロ、ハウル、パウロ・ヌネス、パウロ・エドゥアルド、ムフーガ、ジャクソン、カルロス・アルベルト、ダグラスといった顔ぶれ。監督は前大会でも指揮を執ったジュリオ・セザール・ビエイラだった。
同大会では主催者側から許可を受けたスペイン製のボールが使われるはずだったが、このボールが弾みすぎたためブラジルはペナルティーのボールを60個ほど主催者に提供、ペナルティーのブランド名を白いインクで消して大会中に使用したという逸話がある。