フットサル豆知識
【第7回】 世界選手権とブラジル代表 (パートⅢ)
1988年にオーストラリアのメルボルンで開かれた第3回世界選手権はFIFUSA(国際サロンフットボール連盟)主催の最後の大会となった。
ブラジルはチェコスロバキア、日本、アメリカと同じD組にエントリーし、予選ファースラウンドの3試合だけで合計52ゴールをマーク、失点をわずか2ゴールに抑えた。予選セカンドラウンドではアルゼンチン、オーストラリアを楽々撃破。パラグアイにも2対1で勝利した。
そして 準決勝で強豪ポルトガルを5対1で下したブラジルは決勝で再びパラグアイと対戦。このままブラジルが余裕の3連覇を果たすかと思われたが、蓋を開けてみると一度勝った相手に大苦戦。結局この試合を2対1で落とし、準優勝に終わった。
もしこの大会でも優勝していたらFIFUSA主催の世界選手権をブラジルが完全制覇していたことになる。それを阻止したパラグアイはさすがだ。ちなみにパラグアイは1982年のブラジル大会で2位、1985年のスペイン大会で3位になるなどFIFUSA主催の3大会で金、銀、銅の全てを獲得している。
当時のブラジル代表はセルジーニョ・パンサ、フェルナンド・ポンテス、ハウル、ジェラルド、パウロ・エドゥアルド、カルロス・アルベルト、マウロ、オーティス、グラウジオ・デ・カストロ、ヴァウデス、そして後にブラジル代表監督となるヴァンデル・イアコビーノといった面子が揃い、監督は第1回、2回大会に続きジュリオ・セザール・ビエイラだった。大会得点王にはオーティスが輝いている。
ブラジルはチェコスロバキア、日本、アメリカと同じD組にエントリーし、予選ファースラウンドの3試合だけで合計52ゴールをマーク、失点をわずか2ゴールに抑えた。予選セカンドラウンドではアルゼンチン、オーストラリアを楽々撃破。パラグアイにも2対1で勝利した。
そして 準決勝で強豪ポルトガルを5対1で下したブラジルは決勝で再びパラグアイと対戦。このままブラジルが余裕の3連覇を果たすかと思われたが、蓋を開けてみると一度勝った相手に大苦戦。結局この試合を2対1で落とし、準優勝に終わった。
もしこの大会でも優勝していたらFIFUSA主催の世界選手権をブラジルが完全制覇していたことになる。それを阻止したパラグアイはさすがだ。ちなみにパラグアイは1982年のブラジル大会で2位、1985年のスペイン大会で3位になるなどFIFUSA主催の3大会で金、銀、銅の全てを獲得している。
当時のブラジル代表はセルジーニョ・パンサ、フェルナンド・ポンテス、ハウル、ジェラルド、パウロ・エドゥアルド、カルロス・アルベルト、マウロ、オーティス、グラウジオ・デ・カストロ、ヴァウデス、そして後にブラジル代表監督となるヴァンデル・イアコビーノといった面子が揃い、監督は第1回、2回大会に続きジュリオ・セザール・ビエイラだった。大会得点王にはオーティスが輝いている。