フットサル豆知識
【第8回】 世界選手権とブラジル代表 (パートⅣ)
1989年にオランダで開かれた世界選手権はFIFAが初めて開催したフットサルの大会。開催にはちょうどこの年に創立百周年を迎えたオランダサッカー協会も協力した。
出場チームは16カ国。アメリカ大陸からはブラジル、アルゼンチン、パラグアイ、アメリカ、カナダが、欧州からはイタリア、ベルギー、ハンガリー、オランダ、スペイン、デンマークが、アジアからは日本とサウジアラビアが参戦した。そのほかアフリカからアルジェリアとジンバブエが、オセアニアからオーストラリアが参加した。
同大会でブラジルはブラデスコとブラジリア・ヨットクラブの2チームの選手を基にチームを構成し、ジルセウ、ベントゥーラ、ジルソン、マルコス・シンプソン、ベナッチ、アチラ、ハウル・セルケイラ、トカ、カルロス・アルベルト、ネイマール、セルジオ、コエーリョ、アジリオ、カジーニョを招集した。監督はリオデジャネイロのクラブを渡り歩いたジェルソン・ダ・ホシャ・トゥリストン。
同大会でも優勝したのはブラジル。しかしこのときばかりは実力だけで勝ったとはとても言いがたい。というのもブラジルは予選ファーストラウンドの初戦(対ハンガリー)をいきなり3対2で落としてしまう。第2戦、第3戦を連勝したことでなんとか予選セカンドラウンドに進出したが、そこでも最終戦でアメリカ相手に5対3で敗れてしまう。それでも2勝1敗でなんとか準々決勝に駒を進めた。準決勝の相手はベルギーだった。ブラジルは欧州の強豪相手に苦戦を強いられた。結果は3対3の同点。試合はPK戦に突入した。しかしここでも運を味方に付けて勝利。決勝ではオランダとの接戦を2対1で制した。
当時のブラジル代表メンバーの中で一人珍しい選手がいる。アジリオだ。彼は1981年のトヨタカップにフラメンゴの選手として出場しており見事優勝。サッカーとフットサルの両方で世界の頂点を極めた稀な選手なのである。
出場チームは16カ国。アメリカ大陸からはブラジル、アルゼンチン、パラグアイ、アメリカ、カナダが、欧州からはイタリア、ベルギー、ハンガリー、オランダ、スペイン、デンマークが、アジアからは日本とサウジアラビアが参戦した。そのほかアフリカからアルジェリアとジンバブエが、オセアニアからオーストラリアが参加した。
同大会でブラジルはブラデスコとブラジリア・ヨットクラブの2チームの選手を基にチームを構成し、ジルセウ、ベントゥーラ、ジルソン、マルコス・シンプソン、ベナッチ、アチラ、ハウル・セルケイラ、トカ、カルロス・アルベルト、ネイマール、セルジオ、コエーリョ、アジリオ、カジーニョを招集した。監督はリオデジャネイロのクラブを渡り歩いたジェルソン・ダ・ホシャ・トゥリストン。
同大会でも優勝したのはブラジル。しかしこのときばかりは実力だけで勝ったとはとても言いがたい。というのもブラジルは予選ファーストラウンドの初戦(対ハンガリー)をいきなり3対2で落としてしまう。第2戦、第3戦を連勝したことでなんとか予選セカンドラウンドに進出したが、そこでも最終戦でアメリカ相手に5対3で敗れてしまう。それでも2勝1敗でなんとか準々決勝に駒を進めた。準決勝の相手はベルギーだった。ブラジルは欧州の強豪相手に苦戦を強いられた。結果は3対3の同点。試合はPK戦に突入した。しかしここでも運を味方に付けて勝利。決勝ではオランダとの接戦を2対1で制した。
当時のブラジル代表メンバーの中で一人珍しい選手がいる。アジリオだ。彼は1981年のトヨタカップにフラメンゴの選手として出場しており見事優勝。サッカーとフットサルの両方で世界の頂点を極めた稀な選手なのである。