ブラジル名プレーヤー事典
ヴァウジン(後編)
| 名前 | : | ジョアン・バチスタ・ド・ナシメント・カルバーリョ |
| ポジション | : | アラ |
| 身長 | : | 169センチ |
| 体重 | : | 60キロ |
| 生年月日 | : | 1979年6月23日 |
| 出身地 | : | セアラ州フォルタレーザ |
セアラ州の大手ビスケット工場で働いた後、ヴァウジンはバスの乗務員になった。お客から運賃を徴収するのが彼の役目だった。ヴァウジンのオフィシャルサイトに掲載されていた動画にはバスの乗務員に扮した彼が登場するが、それはこの頃にちなんだものだ。
このように地元で働き出した彼だが、サッカー選手としてプレーするにはもう決して若くはなかった。年齢という壁にぶち当たったことで彼はある決意をする。「よし、フットサルの選手になろう!」。
偶然にもヴァウジンが勤務していたバス会社はフットサルチームを所有していた。ホタ・ソルと呼ばれるそのチームはセアラ州選手権に参戦しているチームで、ヴァウジンのほかにも上手い選手がたくさんいた。そのせいかホタ・ソルは州選手権で3位に輝き、ヴァウジンにも他のチームからオファーが届くようになった。
その一つ、フォルタレーザ・エスポルチ・クルビから契約を勧められたとき、ヴァウジンは安定したバス会社で仕事を続けるか、それともフットサルの選手としてやっていくか悩んだ。しかし彼の答えは最初から決まっていたはずだ。あのときフットサル選手になると決めたはずなのだから。
この選択は正しかった。フォルタレーザ・エスポルチ・クルビでプレーを始めたヴァウジンはそれ以来選手として見る見るうちに成長し、めきめきと頭角を現した。2003年にはタッサブラジルの出場を目指すセアラ州のチーム、カモシンからオファーを受けて契約。その後、ゴイアス州のパルメイラスに移籍。同チームの一員としてリーガフットサルに初参戦を果たした。
リーガで実力を証明した彼は名実ともにブラジルナンバー1のマウウィーから声をかけられ、すぐさま契約にこぎつけた。その後の活躍は周知の通り。2007年もマウウィーのリーガ優勝に大きく貢献したが、リーガ決勝を前に州選手権制覇を目指すコルチアーナ/UCSへ移籍した。
最後に彼の好きなフレーズを紹介。
EU QUERO, EU POSSO, EU CONSIGO! (成せば成る、成さねば成らぬ何事も。)
Nunca desista de seus sonhos. (決して夢を諦めないこと。)